府中味噌の歴史

【府中味噌の歴史】

広島県府中市は、古代より交通の要所として使われており、奈良時代に備後国府が置かれました。
府中味噌はおよそ380年ほど前、徳川3代将軍家光の頃から盛んに醸造され、風味の良さで全国にその名が知られています。
特に白味噌は京都より歴史が古いといわれており、高級料亭用として料理人の間でも高い評価をいただいております。

【府中味噌の老舗、浅野味噌】
浅野味噌は明治37年創業。
現在に至るまで百余年の間府中味噌の伝統を受け継ぎ、味と香りにこだわった天然醸造味噌を醸造してきました。
4代目当主は昔ながらの初代からの味噌の製造を基本としつつ、新しい技術を積極的に取り入れ「フリーズドライの味噌汁」を作り上げました。
「変えてはいけないもの」と「変えなくてはいけないもの」をしっかりと見定めて、お客様に納得と満足をお届けできるようこれからも考え続けます。
【天然醸造の味噌】
浅野味噌では「じっくりとした天然醸造」を根底とし、手間暇をかけて妥協しない味噌造りの姿勢を心がけています。
味噌の味と香りを決めるのは、まず熟練の職人の手による「麹造り」。
それから味噌をかき混ぜ、上下を混合することによって味噌に呼吸をさせ、発酵熟成を促す「天地返し」があります。
最近では最新の技術を駆使して熟成期間を短くする方法も開発されていますが、味の良さを追求すると「天然醸造」にたどり着きます。
夏の暑い時期に熟成が進み、冬の寒い時期に味が整えられるという自然のままの味噌作りです。
浅野味噌では、この方法が一番味噌本来の風味が実現できると信じています。
【味噌について…初めに】
日本人と味噌の関わりは千数百年という歴史を持っています。
日本人にとっての味噌とは、数少ない伝統食品であり、日々の食生活に欠くことのできない調味料でもあります。
歴史的な環境の違いや地域性が長い時をかけて様々な種類の味噌を生み出し、今日に至っているのです。
日本国内にある数多くの味噌の種類や文化を知っていただけたらと思います。
【日本の味噌文化】
鎌倉武士の食事は一日一合の玄米ご飯に、お味噌汁と魚の干物だといわれています。
粗食のようですが、玄米と干物と味噌で栄養を補給するという食べ方は理にかなった食事法でした。
日本人の食の基本はこの時に確立されたといっても過言ではないでしょう。
今でもこの三品があれば十分食事が楽しんで頂けるのも、日本人であればこそ。
いつの時代からかはわかりませんが、お袋の味の代表がお味噌汁であることも忘れてはいけません。
【手前味噌】
「手前味噌」というのは、かつての日本でどこの家庭でも造っていた自家製の味噌を指します。
気が付けば今では自家製の味噌というものを目にする機会がとても少なくなっています。
しかしそんな家庭の味を代わりに造ってくれているのが、地域に根差した味噌蔵なのです。

それぞれの人たちが故郷に思いをはせながらその地方のお味噌をいただいています。
いまやこれこそがお袋の味と言えるのかも知れません。